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エヴァンゲリオン二次小説(シンジ×ミサトメイン) を中心に、各種小説を掲載するサイトです。 (性的描写アリ)の表示のある作品に関しましては、抵抗のある方や18歳未満の方はご注意下さい。

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終わりの向こう側−「葛城ミサト」(16)

 アスカの説教は延々5分間、ガトリングCIWSの連射のように息付く暇もなく一気に続いた。
連絡も無しにいつまでほっつき歩いているのか。
人の心配を何と思っているのか。
ネルフが無くなってこれから大変だっていうのに、いつまでお気楽公務員のつもりなのか。
レイとゲームやり過ぎてレベルが20も上がった。
シンジ君も帰ってこないのでとにかく腹が減った。
早く帰って来い。
要約すると以上になる事柄を、あらゆる罵詈雑言と嫌味と皮肉と愚痴で多大に膨らませて伝えてきた。
 
「あーゴメン。昔の友達とバッタリ会っちゃってさー盛り上がっていたら時間忘れちゃって。いま居酒屋なんだけど」
 
暗く汚い密室の中、さっきまで素裸でシンジ君と抱き合っていて、思いつく限りの色んな事をしていた。
そんな現実を一欠片も反映してない嘘まみれの言葉がスラスラと口から出る。
こんな事なら、携帯会社の擬装用の騒音オプションも購入しておいた方が良かったかな。
何も音のしない部屋で居酒屋とか、嘘臭いにも程がある。
 
「ちゃんとお土産買ってあるから…うん、悪かったわよ…はい、はい、もう帰るけど、お金出すから何かデリバって良いわよ。うん、レイによろしく」
 
 通話を切って携帯を閉じた瞬間に、部屋を支配していた二人だけの空気は死んでいた。
後に残ったのは、ここからどうやって無事に、バレないように帰ろうかという、極めて現実的な思考だけ。
ここから出る時どうするべきか、出た後に何をするべきか、家に帰るとしても、どんな形で帰るべきか。
そんな問題を考えている間、シンジ君は何も言わずにベッドに敷いたバスタオルを片づけ始めていた。
未練がましい言葉も態度も一切無く、タオルを畳み終わると、さっさと扉を開けて外の光を入れた。
あまりにそれまでの雰囲気を無視して、淡々と事を進めるので、私の方が置いてかれ気味になるくらいだった。
 
「急がないと、アスカに何言われるか分からないですから」
「あ、うん…そうだね」
 
シャワーも浴びてないし汚いままだけど、二人でそそくさと服を着て、早々に部屋を出る。
ここで冷静に携帯の時計を見直すと、とっくに22時を過ぎていた。
これはアスカが怒るのも無理はない。一応、シンジ君と「こうなって」しまう予想もしていたけど、まさかここまで長くなるとは思ってなかった。
さっきまでの夢心地から一気に現実の重みが増して、このビルの地下から昨日までの日常に戻るまでの道程が異様に遠く思えた。
 
「お腹、空きましたね」
 
ああ、考えてみたら、外に出てからケーキくらいしか食べてなかったんだ。
それで、あんなに長く激しいのをしていたんだから、空腹の酷さはアスカよりも全然上回っている筈。
意識した途端に、それまで実感の無かった空腹感が猛烈な勢いと強さで襲ってきた。
 
「ああーもう余計な事言わないでよ…忘れていたのに凄いお腹空いてきた」
「帰る前に、何か食べましょうか」
「そうね、他にも色々しておかないとヤバいし」
 
それに、多分もうすぐ予備電源が落ちる頃だった。
その前にここから出なければ、ここに本格的に閉じ込められて、バレるバレないなんて話で済まなくなる。
忘れ物とか痕跡とか、出来る限り気を付けて見直してから、急いで車に戻った。
運転席でハンドルを握ると、それまで微妙だった現実感が、やっと自分の身体の中に戻ってくるのを実感した。
改めて周りを見回すと、補助灯が控え目に自己主張しているだけの、無機質で寂しい地下空間だった。
でも、私にとってもこの子にとっても、人生の中で大きな意味を持つ体験をした場所。
取り壊す寸前までここには誰も来ないだろうし、私達はもう近付く事すら無いだろう。
出ていく前にせめて一言、何か言わなきゃいけないような気がしたけど、結局言えたのはこれだけだった。
 
「じゃ、行くわよ」
「はい」
 
地下駐車場を出てから見返すと、出た直後に電源が落ちたのか、ビルの光は全て消えていた。
 
 
 
 最近は便利になったもので、お金さえ払えば必要な物は大抵手に入る。
シャワーやらメイク直しやら、まず一番最初に欲しかった物も、ネット喫茶に駆け込んでしまえば十分だった。
替えの下着なんかは、一応保険として用意していたので問題無かったし、身体に残った物を全て洗い流して着替え、さっとメイクを直せば、もう痕跡は残らない。
シンジ君が散々弄んで汚した下着は、責任を持って丁寧に洗濯して貰う事に決めたし、彼の着替えも来る途中のコンビニでパンツだけ買えば事足りる。
割り振られた席にも座らず、ネットにも繋がず、一言も喋らずに黙々と二人でそれらの作業を進めて、結局、料金分の半分も行かない時間でさっさと外に出た。
星空の下、携帯の時計を確認すると、23:32の文字が輝いていた。
で、次の課題であるところの空腹の解決に当たって必要な施設を探すとなると、この時間では自ずと数も種類も限られてしまう。
 
「…取り敢えず、あそこで良いよね」
「他に、無いですから」
 
 『一勝負』済ませてから二人で食べるハンバーガーは、いつになく淡々とした味だった。
不味い訳でも旨い訳でも無く、久々に食べるジャンクフードの快感も薄く、ただ空腹を満たすだけの脂肪と蛋白質の塊に思えた。
二階席のガラス一枚隔てた外の街並が、どこか遠い世界の喧噪に見える。
現実感が、ない。
 
「あの、ミサトさん」
「え、あ、何?」
「大丈夫ですか?」
「何言ってんの?だーじょうぶよ、お姉さんがどんだけ経験して来たと思ってんの?」
「…そうですよね」
 
心配そうなシンジ君の視線が、外でも私でもない微妙な角度に向いている。その先にある物を、見る。
 
「あ…」
 
威勢のいい事を言っておきながら、無意識にシンジ君の手を握っていた。
拒絶するでもなく、彼は私の握力を受け入れている。
隣りに座っているこの子の体温だけが、唯一、確かな物、形ある物に感じた。
 
「ゴメン」
「どうして謝るんですか」
「謝らなくちゃいけないからよ」
「僕は、嬉しいです」
「そう」
 
手を離して、まだ半分以上残っている栄養の塊の消費に努める。
腹が減っている、という認識自体はあるから、身体は吸収してくれる。
まるで、好きでもない男にその場のノリで抱かれているみたいに。
 
この子との記憶も、やっぱりそうなっちゃうのかな。
 
むしろその方が良いのかもしれない。
後に引かない為には、そんな程度の記憶に留めるのが。
…何、考えているんだろう、最初からそのつもりだった筈なのに。
 
「言われなくても、僕も、分かってますから」
「ん、何の話?」
「もう、あんな事しちゃいけないんですよね」
 
言葉を返せない。
その通りとも、そんな事は無いとも言えない。それはあなた次第だなんて図々しい台詞も吐けない。
湿っぽくなったら、二度と浮き上がれない気がして。
 
「でも僕は、僕はたった一度だけでも、本当に…」
「一度、ねえ。アレを一度って言うのかしら」
「…え、あの、何かおかしかったですか」
「あらシンちゃん、自分で何したのか覚えてないんだ?」
「そ、そんな事ないですけど…ずっと夢中で」
「あんなに恥ずかしい真似させたのに?」
「それは、その…」
 
だから、こうやって茶化す事しかできない。
今まで通りの、代理の親子としての日常みたいに。
 
「ね、あーいうのってどこで勉強したの?誰かに聞いたの?そういう本?」
「…本とか、ネットとか、色々…」
「ふーん、そういうの見て、私で想像してたんだ。で、それを実際にあんな場所で…」
「ミ、ミサトさん、こんな所でそんな…」
「ま、あんまり変なサイト見て、ウイルスとか引っかからないようにしてよ」
「はい。それは、気を付けます」
「それと、他の女の子とする時は、もっと丁寧に優しくしなさい。ビデオとかでやっているのを真に受けないでね。分かった?」
「…」
「返事は?」
「…はい」
「よろしい、じゃあこれで今日の反省会は、おしまい!」
「え。何ですか、反省会って。いきなり」
「いーじゃない、何にでも必要よ反省って」
 
 人もまばらな店内で一緒に笑って、私達にかかっていた魔法は解けた。壁の時計は、ちょうど午前零時を指していた。
店を出て車に乗ってからも、これまでの事とは何も関係のない、他愛のない話ばかりを繰り返した。
不自然に相づちを打ち、余計な事で笑い、意味のない言葉を重ねた。
まるでテニスか卓球のラリーみたいな、作業っぽい会話。
抜け殻ばかりの脳天気な言葉を並べながら、我が家までの距離が詰まるに従って、胃の辺りが強く痛むのを感じていた。
私達は、何か取り返しの付かない事をしでかしたんじゃないか。
無かった事にしよう。
全部忘れてしまわなければ。
今になって、そんなベトつくような恐怖感が沸きだしてくる。
なのに、その恐怖よりも凄い勢いで、全く正反対の欲求も溢れ出て止まらない。
捨てたくない。
離れたくない。
このまま家に帰ったら、二度とあんな事味わえない。
それで本当に良いの?
何の後悔も無いの?
 
あと100mも進めばゴールという所で、とうとう吐きそうな程の痛みに達して、我慢できずに車を止めた。
 
前触れの無い急停車と、まだ途中だった会話が突然寸断された事に、シンジ君は酷く驚いていた。
 
「ミサトさん大丈夫ですか?どこか、痛いんですか?」
「ううん、そういうんじゃないの」
 
痛みはあるけど、それは病院に行ってどうこうできる物じゃない。
このまま何となく終わらせてはいけない、そんな変な義務感が胃とか横隔膜をひねり上げているんだ。
ちくしょう、男と切れたり別れるのにこんな目に遭ったのなんて、随分長く記憶にない。
こんなの柄でもキャラでも無いんだけど。
でも、言いたい事があるなら、今言わなきゃ絶対後悔する。
 
「ね、すごく、良かった」
「…」
「本当よ?お世辞とかじゃなくて」
「うん」
「でも、だからこそ、これ以上はいけないの」
「はい」
「私達はずっと一緒にいられる訳じゃないんだから。これ以上、深く付き合っても後悔するだけ。そうでしょう?」
「はい」
 
いつか聞いたような、無機質で空虚な返事。
あの時の私は、自分の正しさと行動に自信が持てた。彼の生き方を正面から批判できた。
でも、今はこの狭い車の中で、二人とも糸の切れた凧みたいに、行き先も分からずに惑っている。
今の話だって、半分は自分自身に言い聞かせているような物だし。
私は、まだ大人になり切れてない。もう三十路なのに。
 
「でも…でも、僕は」
 
そして、シンジ君は私を差し置いて、少しだけ意地と成長を手に入れたみたいだった。
 
「多分、この先何があっても、ずっとミサトさんの事が好きです」
「そう」
「それだけは、覚えていて下さい」
「…うん、忘れない」
 
それ以外に、何が言えるのか。
きっと彼も、何かを望んで言っている訳じゃないだろう。私と同じで、胸に溜まった言葉を解き放っているんだ。
後悔しない為に。
せめて思い出を、綺麗に残しておく為に。
手が届かないと思っても諦めず、やっとの思いで手に入れて。
それでもお互いの将来の為に、結局身を引かないといけない物もある。
大人になったんだね。シンジ君。
だったら、それで良い。満足しないといけない。
 
「僕が、先に帰りますね」
「そうね。私と友達の騒ぎに巻き込まれて、呆れてタクシーで先に帰ったって事にしておいて」
「先にアスカに怒られてますから、安心して帰って来て下さい」
「悪いわね。露払いなんかさせちゃって」
 
後部座席からシンジ君の分の戦利品を引っ張り出して、何とか両手に持たせてあげた。
色々あるけど、何と言っても一際寸胴鍋が目立つ上にしデカくて、それをギリギリで抱えている姿は、やはりまだあどけない男子だった。
 
「じゃ、30分くらい遅れて帰るから」
「はい」
 
一人で歩かせるのが気の毒なくらいの荷物を抱えて、シンジ君が歩いていく。
歩くリズムに合わせて、鍋のガチャガチャ鳴る音が真夜中の街に響く。
その背中は小さいけど、大荷物に負けずに前に進もうという意志が感じられた。
こうやって、男の子が男になっていくんだ。
あの背中も少しすれば、頼もしく成長するんだろうな。
なんて考えながら眺めていると、いきなりその背中が丸くなり、鍋の音のリズムが速くなった。
走っているんだ。歩くのも一苦労な荷物持っているのに。
100m程の距離を歩くのが面倒になったのかもしれないけど、何となく違う理由だと、私には分かる。
泣いているから。
泣きながら歩くのに耐えられないから、無理矢理走っているんだ。
あのバカ。呟いて、見えなくなるまで背中をずっと見守った。転んだりしないように、祈りながら。
 
 鍋の音が聞こえなくなってから携帯を見ると、00:24の文字が輝いていた。
あともう少しは、私一人で時間を潰さないといけない。でも、今の気分にピッタリの場所は既に目星をつけてある。
人目に付かずに、今の気分を落ち着ける場所。
あの地下駐車場に入ったのと同様に、そこにもまだ辛うじて生きているネルフのIDカードで入れる筈だ。
途中、コンビニでちょっと買い物をして、夜中は特に人気のない中央部に車を走らせる。
かつては、そこがこの街の中心であり、存在意義だった場所。
そこは特にこれといった通称もなく、一般的には単純に『穴』と呼ばれていた。
 旧ネルフ本部・迎撃施設跡地。
地上部から多層式の特殊装甲版を貫き、ジオフロント内のネルフ本部までを丸々浚っていった、大穴。
勿論、ジオフロント自体が巨大な地下空洞なのだから、正確には穴と言うべきなのは地表部とネルフ本部跡のクレーターのみだった。
使徒絡みの厄介事が無くなった今、本部跡の方はほぼ放置され、一方、厄介極まりない第三新東京市のど真ん中に空いた穴は、名目上は急ピッチに復興工事が進んでいる。
とは言え、空洞に繋がった形の穴を単純に埋め立てる訳にもいかず、取り敢えず外縁部からジワジワと殻を継ぎ足すように人工の地表を造り上げている最中だった。
で、誰もいない夜に、その穴を眺める。
ネルフが消えてからしばらくの間、そんな奇行が私の中でちょっとしたマイブームになっていた。
それは一種の墓参りみたいな物で、今まで命を懸けて守ってきた場所や使命や宿命が、確かにこの世から消え去ったという事実を確認する作業だった。
そうでもしないと、身体に染みついた激戦と激務の習慣から、なかなか解放されなかった。戦争だったら、一種のPTSDと診断されたかもしれない。
 でも、今日は別の目的でここにいる。忘れるのは、シンジ君との一夜の記憶。
まず、無人の改札型チェックをカードで通過して、工事現場の傍らにある展望台に行く。
簡単な手摺りとベンチ、それに空き缶を切った、灰皿だけの場所。
そして、コンビニで買ったメンソールの煙草をくわえて、火を灯す。
いっそ観光地にした方が良いくらいに巨大な暗黒の穴を見下ろしながら、ふわりと煙を吐く。
たったそれだけで、驚くほど頭が澄み切っていく。
厄介な過去は、全てこのアホみたいに大きなゴミ箱に放り込んでしまえば良い。
そう考えると、何もかもを冷静に客観的に見渡せる。突き放して考えられる。
これがPTSD級の重荷を捨て去る為に編み出した、ちょっとした心のテクニックだった。
ちょっと虚無的でダークに偏っている気もするけど、少なくとも、デタラメに男と付き合ったり、酒に溺れるよりは遙かにマシだろう。
煙草だって、この時だけに数本吸うだけなんだから、健康の問題も無い。正に完璧なライフハック。私だけの心の避難場所だった。
 あとは、最後の仕上げをすれば良い。精神的にも、物理的にも、とても重要な事。
煙草と一緒に買ったミネラルウォーターを開けて、手摺りの上に置く。
そしてハンドバックから銀色の錠剤シートを取り出して、掌の上に所定の数だけ押し出した。
考えてみると、別にここでやらなくても良い作業だったし、それこそネット喫茶で済ませて然るべき類のものだった。
いや、敢えてここでやるべきなんだろう。けじめの意味を含めて。
どこから見ても、これは正しい判断。
間違っている要素なんて、一欠片もない。
 
それなのに、涙が止まらないのは何故なんだろう。
 
「ごめんね、シンジ君」
 
無意味な言葉を口に出して、やっとアフターピルを飲み込む事が出来た。
ミネラルウォーターを一気に飲み干して、また穴を見下ろしながら煙草を吹かす。
そうして何度も、自分に言い聞かせる。
大丈夫、私は大人だから。
大人だから、忘れられる。
思い出にできる。
 
 
 
けれど、いつまで経っても涙は枯れてくれなかった。
身体まで引きずり込まれそうな暗い深淵の側で、私は声もなく泣き続けた。
 

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